あの「ビリギャル」はウエディングプランナーになっていた!
その経験から得たものを、未来のウエディングプランナーに伝えます。

フリーランス 小林 さやかさん

人を笑顔にさせるサービ業への想いと、大切にしたい家族への想い
ふたつがマッチングする仕事はこれしかないと志したウエディングプランナー

【ウエディングプランナーになったきっかけ】

私の人生の中には、ふたりの恩師がいます。

ひとりは、「ビリギャル」を書いた塾講師の坪田先生。
もうひとりは、学生時代アルバイトをしていた居酒屋の店長。このふたりとの出会いが大きなきっかけになりました。

坪田先生は、本や映画でご存知の方も多いと思いますが、私を慶應義塾大学に導いてくれた塾の先生。
高校時代私は先生から「君は本当に人のことが大好きだから、とにかくいろんな人に出会っておいで。ご縁を大切にして」と言われていて。それがずっと頭の中にあって、いろんな人と出会いたい、そして先生のように人の未来のために頑張る人になりたい、という想いに繋がっていきました。

そしてもう一人は、学生時代2年半もの間アルバイトをしていた居酒屋の店長で、実は今の主人でもあるんです。その居酒屋は、2時間並んででも入りたいというお客様が毎日いるようなお店でした。

メニューが変わるわけでもないのに昨日も来ていた人が今日も来ていたり、たまたま隣に座ったお客さま同士で仲良くなって飲んでいたり。スタッフも一度来たお客様の名前は必ず憶えていて、誰が来ても「あ、〇〇さんいらっしゃーい」って友達みたいな感じで、お客様はそれが嬉しくて毎日来ちゃう、みたいな。

特に店長は、いらしたお客様を絶対に笑顔でお迎えしたいと、5秒に1回は入口に目をやるというようなことをしていて、料理もめちゃくちゃ美味しくて、来るとみんな感動していく。そんなところで働いていた経験がすごく大きくて、「人を笑顔にさせるサービスマンになりたい」、という想いに繋がっていったんです。

そのことから、人にたくさん出会える仕事がしたい、そしてバイト先の居酒屋のように、あれだけ人を笑顔にさせるサービスがしたい、と思い、サービス業の最高峰だと思うウエディングプランナーになろう、と決めたんです。

なぜ、数あるサービス業の中でウエディングプランナーだったのか。

もう一つの理由が「家族」への思いでした。

かつて私の家族はいろいろと複雑で、何でこんな家に生まれたんだろうと思ったこともありましたが、大学受験を通して関係性が変わり、家族が更生していく、というのを体験したんですね。

さらに弟が結婚し、子供が産まれたこともあって、家族ってすごいな、大切にしたいなと思う気持ちが強くなったんです。
目指したいサービス業と家族、ふたつを結びつける仕事って、お葬式と結婚式しかないなと。

そう考えたときに、「家族の始まり」である結婚式の仕事を目指そうと思い、プランナーになりました。

大手式場、ベンチャー企業、フリープランナーの全てを経験
それぞれのメリットデメリットを理解し、
お客様へ提供できることを増やした数年間

【プランナー時代の経歴】

新卒で、一部上場のウエディング会社に入社し約3年働きました。
当時は、上司泣かせの新人だったと思います(笑)

学生時代のアルバイト経験から、作られたマニュアルよりも心から染み出るような真心や笑顔の方が嬉しいはずだ、自分ならそれが必ずできるという根拠のない自信がありました。しかし、最初にするロープレが苦手で上司からは「向いてないから辞めた方がいい」と、入社当時はよく言われました。

でも、自分では誰よりも向いている、この世界なら一番になれると思っていたので、ロープレができなくても、絶対本番ではお客様の心を掴める自信があったんです。その思い通り、初めての新規接客でいきなり即決をいただいて、やっぱり!私向いてる!!と自信をつけました(笑)

3年従事し、プランナーという仕事は大好きだったものの、やればやるほどカップルに対していろんなことをもっと自由にしてあげたいなという想いが強くなってきてしまいました。

例えばお見積り。アイテムなど、より良い商品を案内してしまえば仕方のないことなんですけれども、どんどん高額になるお見積りを見ておふたりの表情が曇ることもあるので、私はおふたりにとって本当に必要と思うものだけを提案するようにしていました。そうすることで新郎新婦は私を信頼してくれて。
逆に私が「これは削ってもいいけどこれはやったほうがいい」ということは、「あなたがそう言うなら」と信じてくれたり頼りにしてくれたりして、打合せはやりやすくなっていましたね。

新規接客にいって、このお客様はこの会場じゃないほうが幸せになれると思ったら、ハッキリそう言ったりもしていました。
会社員としては、今思えばめちゃくちゃだったなと思うんですけれども、当時はピュアで、お客様の幸せの事しか考えてなかったんです。

そこで、もっと自由にという想いから、ベンチャーのプロデュース会社に転職。それまでより自由な提案もできましたし、効率的に自分の権限でカップルとお話ができるようになったので、提案の幅を広げることができました。

その後、結婚がきっかけでフリーランスのプランナーになりましたが、大手式場とベンチャーの両方を経験させていただいたことで、カップルに対してより自分の感覚を信じて提案できるようになったように思います。

会場ごとのおふたりにとってのメリットデメリットをはっきり伝えられるようになったり、花屋さんや司会者さんなどをこれまで以上におふたりに合わせて自由に選べたりとか。これまでの経験のいいとこどりができるようになったかな、と思っています。

今後きっと、カップルとプランナーが「個」でつながる時代がやってくる
カップルが納得する結婚式を提供できるプランナーが
もっともっと増えますように...

【これからプランナーになる人に向けてのメッセージ】

忙しい業種、という印象が強いかもしれませんが、あんなに人と深く関わり続ける職業って他にないと思います。毎週毎週お会いして、その都度涙が溢れてくる、あれだけのお金をかけていただいているのに「ありがとう」と言われる仕事。こんなにありがたいことってない。

結婚に携わるということは、「家族の始まり」の瞬間に立ち会うこと。
だからプランナーって、おふたりの家族としての人生に何か節目があるときに思い出す顔になると思うんです。そんな仕事他にはないです。

自分にとっても大切な人がたくさんできるというのも醍醐味。お互いが望めば、新郎新婦と一生の友達にもなれます。
私自身、関わった新郎新婦の皆様とは今でも年賀状のやりとりなど、関係性が続いています。自分の結婚式に招待した方もいました。そういう繋がりがたくさんできたのは本当にありがたいと思っています。

だからそんなウエディングの仕事を志す人がもっと増えたらいいなと思っています。

この先、結婚が決まったら会場に電話するのではなく、プランナーを選んで一緒に創り上げていく、アイテムも自由に選べる、そんな時代が必ず来るはず。そういう仕掛けをするひとがどんどん増えて、カップルが納得いく結婚式がどんどん作れればいいなと思っています。

私の使命は、これまでの経験をこれからの人に伝えていくこと
プランナーで得た経験も踏まえ、人の未来に役立つことを続けていきます!

【今後について】

サービス業を志すもう一つのきっかけは、ある一冊の本との出会いでした。

大学時代、プランナーになりたいと恩師の坪田先生に伝えた時に、サービス業をしたいなら今すぐこの本を買って読めと言われたのが、リッツ・カールトンホテルの元日本支社長の高野登さんが書かれた【リッツ・カールトンが大切にする サービスを超える瞬間】という本でした。

早速読んでみると、感動して涙が止まらなくなってしまって、その次の日にはリクルートスーツを着て、「ここで働きたいんです!」とリッツ・カールトンホテルのフロントに押しかけたんです(笑)残念ながら新卒採用はしていなかったので入社はできなかったのですが、それくらい、私の中で衝撃が走った本でした。

その本の「お客様の予想を超える瞬間にサービスは感動に変わる」という一節を読んで、学生時代にアルバイトしていた居酒屋があんなに人で溢れていたのも、きっとこれがあったからだ、思いました。そしてなんと、2年前「ビリギャル」の本のご縁で高野さんにお会いすることができたんです。

高野さんとはそれ以来、ご飯をご一緒させていただくことがあるのですが、ある時、「人間にできてロボットにできないことは何か?」という話になりました。【夢を見ること】だと、高野さんはおっしゃいました。それを体現できたのが君なんだから、それを学生に伝えなさいと。その言葉が、今も私を突き動かしてくれているように思います。

様々な活動をしながら、今後、私にできることはなんだろう、と考え続け、「共育」なのではないかと思いました。子どもや学生たちだけに伝えていくのではなくて、周りの大人の皆さんにも、子どもの立場からいろんな話をしていきたい。親も子も、先生も生徒も、ヨコの関係を築いてお互いに成長していく環境を少しでも作っていきたいです。

私ももうすぐ30歳、いつまでもビリギャルのままではいられません。今まで私に、人生の楽しさを教えてくれた全ての方への感謝を胸に、今度は私が、多くの方に人生の楽しさを伝えていける人になりたい。今後は起業して、積極的に共育事業も行っていくことを考えています。

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プロフィール   Profile

小林 さやかさん

坪田信貴先生著「学年ビリのギャルが1年で偏差値40上げて慶應大学に現役合格した話」の主人公。
大学卒業後、一部上場の大手結婚式場に入社。その後ベンチャーのプロデュース会社でのウエディングプランナー経験を経て、2014年に自身の結婚を機にフリーに転身。現在全国の中高生やその家族への講演活動など、様々な活動を行っている。